「Never End The Game!」 第2章


「どうしても許してくれないんですか?」
「……腕を返してくれれば許す」
「どうしてそんな無理な事を……」
「うるせぇ! 二度と戻らないものを奪ったくせに口答えするんじゃねえよ!」
 泰紀は彩に向かってこれでもかという程怒鳴り付けた。思わず、彩は目を閉じて後退りしてしまう。
 私の予想通り、ユーザー様は丸一日経ってからゲームを再開した。再開場所はセーブの続き。予想していた展開なだけに、ローディングは短くて済んだ。
 涙目になる彩。それでも鋭い眼光をやめない泰紀。
「どうすれば……どうすればいいんですか?」
「……」
「私、何でもやりますから!」
「……じゃあ」
 泰紀は言葉を切る。ここでまた選択肢が訪れる。この選択により、再びユーザー様の狙っている女性の範囲が狭まる。
 再び襲来する静寂の世界。そして、カメラの前に現れる二つの選択肢。その二つは「もう来なくていい」と「お前の両親を連れてこい」の二つだ。
 「もう来なくていい」は完全に突っぱねてしまう選択。彩が選べなくなる反面、法子、美優を攻略する際にはこれを選ばなくてはいけない。
 そしてもう一つの「お前の両親を連れてこい」は謝罪を要求する選択だ。これを選んだとしても美優と法子は攻略可能だが、やはり彩重視だと考えられる。
 息を飲む彩と泰紀。今の映像はユーザー様には見られない。選択肢を選ばない限り、映像は「じゃあ」と言った泰紀の映像で静止しているからだ。
「両親の方を選びなさいよ……両親の方を」
「どっちでもいいけど、早く決めてくれ。心臓に悪い」
 ブツブツと呟く彩と泰紀。画面にいない法子も胸に手を当てて何やら祈っている。美優は相変わらず冷静だが、内心緊張しているに違いない。
 数秒の沈黙。そしてユーザー様は答えを出した。それは……。
「お前の両親を連れてこい」
「……えっ?」
「直接の原因はお前じゃないんだ。お前がいくら謝っても意味が無い。両親を連れてきてくれ」
 それを聞き、彩の顔が一層暗くなる。まるで世界の絶望全てを背負っているような、そんな顔だ。
「……努力してみます」
 そして、それだけ言って、彩は部屋から出ていった。
 瞬時に選択肢に沿った演技をやってのける二人。勿論、そうしなくてはいけないのだが、あそこまで綺麗にやってくれると胸がスッとする。やはり二人は信頼できる。
 そして、彩が出ていってすぐに法子が入ってくる。法子の顔は少し曇ってる。
「努力してみますって、何だか政治家みたいな言い方ね」
「法子さん……聞いてたんですか? 盗み聞きはよくないと思いますよ」
「検査の時間だから来たの。そしたら、何だか言い争ってる声が聞こえて入るに入れなかったのよ。盗み聞きなんて人聞きが悪いわ」
 法子はわざと怒ったふりをする。さっきまではビクビクしてたくせに、今の演技はいい。本番に強いタイプなのだろうか。
 法子はカルテ片手にベッドの横の椅子に腰掛ける。暗い表情の泰紀の前でも、法子のどこかノリのよい様子は変わらない。それがゲームの中の法子の性格なのだ。
「それにしても、どうなのよ? 努力するって言い方。私はあんまりいいと思えないな」
「……」
「だって、事故を起こした本人達が来ないで、その娘が来るっていうのも変な話じゃない。来るのが当たり前よね」
「……」
 法子の言葉に再び黙る泰紀。そして、ここで再び選択肢だ。「仕方ないですよ」と「それもそうですよね」の二つ。彩に対して優しさがあるのかどうか、それを確かめる重要な選択肢だ。彩を選ぶ場合、前者は必ず選択しなければいけない。
 再び現れる選択肢。流石に三度ともなると緊張感も薄れてくる。
「やっぱり……彩さんなんですかねぇ」
「僕に聞かないでくださいよ。でも、ここで前者を選べば、まず間違いないでしょうね」
「うううぅ。緊張しますぅ」
「カム・ダウン。落ち着いてください、法子さん」
 出ずっぱりの泰紀は法子程慌てていない。全ての選択肢に関係ある泰紀なだけに、ずっと緊張してもいられないのだろう。
 そして、先程よりも短い時間で、答えは出た。
「仕方ないですよ」
「……そうかしら?」
「そうでしょ。だって、どんな顔して来ればいいか、僕だって分かりませんし」
「でも、謝らないと一生後悔するわ。私だったら、すぐに謝り行くもの」
 強い口調で法子は言う。泰紀は苦笑する。
「……法子さんは強いんですよ、きっと。過去にどういう事があったかは知りませんけど、怪我人の俺に普通に接したり……いつも会う度に思いますよ。ああっ、この人、強い人だって。僕には出来ない」
 遠くを見る泰紀に、法子は普段では考えられないような真剣な顔をする。
「いつか出来るようになるわ。そうね……もっともっと、色んな人と出会って恋をして、そしてその度に恋が脆いと知れば……ね」
「……」
 法子の言葉に、泰紀は何も返す事が出来なかった。


「はっ……」
「法子さん、クシャミなら人にいない所で……」
「恥ずかしかったですぅぅぅ!」
 顔を真っ赤にして、法子はそこらじゅうを暴れまくる。泰紀がそれを見て、違うのか、と呟く。
「ここここ恋が、もももも脆いと知れば……。ううっ、もう二度と言いたくないぃ」
「ここ、選択肢無いですから、ユーザー様が最初からやる度に言う事になりますよ」
 美優の言葉に、法子の暴れ方はより加速していく。
「いややぁぁ!」
「うっさい!」
 と、そんな法子の頭を彩の拳骨が直撃した。
「ぐはぁっ!」
 その衝撃で、法子はその場に倒れてのびてしまう。しかし、彩は動かない法子を無視して、自分も踊りだす。
「こりゃ、間違いなく私だわ。いやぁ、やっぱヒロインは違うわね!」
「何がですか?」
「……格よ! か・く!」
 分かっていない美優に彩の激が飛んだ。美優は冷ややかな目で彩を見る。
「そうとは思えませんけど……」
 このユーザー様はとても優しい人だ。本当に区切りのいい所でセーブしてくれる。向こうにそういう気は無いとしても、こちらとしては大助かりだ。
「……でも、私の計算だと、このユーザー様は彩さん目当てと考えるのが妥当でしょう」
「別に計算なんかしなくても、決定に決まってるわ」
「……」
 美優の鋭い目を、彩はサラリとかわした。
「美優ちゃんの意見はともかく、ユーザー様の狙いが彩だというのは正しいと思いますけど、マスターはどう思います?」
 泰紀は頬を膨らます美優の頭をグリグリと撫でながら言う。私はベッドの上に飛び乗る。
「うむ。私もそう思う。真澄と法子はほぼ無いと考えていいだろう」
「ええ! そんなぁ! 私、もう出番無いんですかぁ?」
 いつ起き上がったのかは分からないが、元気になった法子がまた悲鳴をあげる。彩が得意げな顔で法子の鼻先を突く。
「法子さん、さっきの選択肢で分からなかったんですか? 法子さんの前で私を庇うような事言ってたじゃないですか。あれが、法子さんより私をとったっていう何よりの証拠なんですよ」
「ふーー。何だか負けたみたいで悔しいぃ!」
 法子は私の頭をボンボンと叩き、悔しがる。
「叩くな!」
「だってマスター!」
「心配するな。こういうゲームは一度では終わらないものだ。彩の次はお前かもしれない」
「本当に次なんですか?」
「……いつかは、な」
「ひどいですぅぅ!」
「でも、そのいつかまであの台詞言わなきゃいけないのよ」
 真澄が遊び心満天という顔で言う。
「ううぅ! それも嫌ですぅ!」
 子供のように泣きじゃくる法子を、私は無視する事にした。
 そんな法子の隣で丈一が懸命に台本を見ている。後ろから、美優が覗き込む。
「丈一さん。次、私達ですね」
「ああっ、次は僕の所でも選択肢があるからね。両方のパターンを頭に入れておかないと」
「……選択肢によったら、私と丈一さん、くっつく事になりますからね」
「うん。真澄さんの可能性もあるけどね」
「丈一なら、どっちがいいですか? 私と真澄さん」
「そうだな……。真澄さんはちょっと何考えるか分からない所とかあったりするから、美優ちゃんかな」
 丈一がそう言うと、美優は少し恥ずかしそうに頬を染める。いつもクールなわりに、こういう事だけ可愛い。しかし、丈一はそういう所に気づかない。
 これからの展開だが、泰紀、つまりユーザー様の行動により、丈一は美優もしくは真澄と付き合う事になる。彩を選ぶ場合、丈一と美優は二人で泰紀と彩の関係を仲介する役目を担い、他のキャラを選ぶ場合、真澄と意気投合する事になる。
「泰紀さんと彩さんのカップルよりも、絶対に私達の方がいいカップルになりますよ、丈一さん」
 美優は嫌味たっぷりに言って、丈一に抱きつく。
「ちょっ、ちょっと、美優ちゃん、そういうのはよくないよ」
「真澄さんの真似です」
「私、そんなに当て付けってぽくやらないわよ」
「いや、やってましたね」
 泰紀の言葉に、真澄はわざとらしく頬を膨らます。
 意図的にくっつこうとする美優を見て、彩の顔つきが変わる。
「ちょいと美優。どういう意味かしら? さっきの言葉」
「現実とゲームとの性格のギャップが激しすぎるって言いたいんです。真実を知ったら、絶対幻滅しますよ、ユーザー様」
「それはあんたも同じじゃないの。どっから見たって子供のあんたが実は超クールだったら、そっちの方こそ幻滅だっつうの!」
「喧嘩はもう終わりにしましょうよぉ」
 口論が盛り上がる直前、法子が彩の肩を叩く。彩はムスッとした顔だったが、法子の笑顔を見て、肩を落とす。
「……法子さんに言われるようじゃ、おしまいね」
「そうですよぉ」
「……ムカツクわ、今の言葉」
 このままではいつまで経っても終わらない。私は彩の頭の上に乗る。
「まったく、何でお前達は喧嘩ばかりするかねぇ。同じゲームのキャラなんだぞ。もっと仲良くしろ」
「同じゲームのキャラだから無理なんですよ、マスター」
 つんとすまして、美優は言う。そんな美優を見て、泰紀が笑う。
「例えるなら、同じ人を好きになってしまった女同志なんですよ、マスター。言ってもムダだと思います」
 私は大きくため息をつく。
「喧嘩して勝てばヒロインになれるわけでもないんだぞ、彩、美優。それくらい、お前達なら分かるだろう?」
「そうですけど……。何か、気に食わなくて」
「そりゃ、こっちもだっつうの」
「……」
 ダメだ、こりゃ。私はそう思った。


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